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大阪地方裁判所 昭和49年(わ)144号 判決 1975年3月24日

本籍

和泉市和気町六五七番地

住居

右同所

セーター製造販売業

田中定雄

昭和四年八月二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件につき当裁判所は検察官桐生哲雄、弁護人石田一則各出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年二月および罰金三〇〇〇万円に処する。この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、大阪府和泉市和気町六五七番地において、婦人物セーターの製造販売業を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て、

第一、昭和四五年分の所得金額は九五三六万二一五円で、これに対する所得税額は五九六二万八五〇〇円であるのにかかわらず、公表経理上売上げの大部分を除外し、これによつて得た資金を架空名義の定期預金にするなどの行為により、右所得金額中九二一九万三五一〇円を秘匿したうえ、同四六年三月一五日泉大津市二田町一丁目一五番地の二七所在泉大津税務署において、同税務署長に対し、同年分の所得金額は三一六万六七〇五円で、これに対する所得税額は三二万三一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により所得税五九三〇万五四〇〇円を免れ、

第二、同四六年分の所得金額は一億七七三三万〇六一九円で、これに対する所得税額は一億一七三五万二八〇〇円であるのにかかわらず、前同様の行為により、右所得金額中一億七二六五万二九九五円を秘匿したうえ、同四七年三月一四日前記泉大津税務署において、同税務署長に対し、同年分の所得金額は四六七万七六二四円で、これに対する所得税額は五九万五〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により所得税一億一六七五万七八〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実につき、

一、被告人の当公判廷における供述並びに検察官に対する供述調書(二通)

判示第一、第二の各事実につき、

一、大蔵事務官作成の被告人に対する質問てん末書(三五通)

一、被告人作成の確認書(七通)、上申書(一通)

一、証人田中義一、同田中百合子、同田中和子、同佐藤博の当公判廷における各供述

一、小林秀男の検察官に対する供述調書

一、大蔵事務官作成の次の者に対する各質問てん末書

田中百合子(二通)、田中茂、小林秀男、佐藤博(第八項、第一一項を除く。)

一、次の者の作成した各供述書

土井幹雄 芝野喜明 土井輝雄

一、次の者の作成した各確認書

山崎節二商会(山崎節二)、株式会社ニユーモード(有川博三)、小泉幸男(二通)、大西輝生(五通)志賀民雄、森口伊三、大富康史(二通)、浅井弘志(二通)川勝商事株式会社、沢田隆夫、河原周一、徳橋芳郎、我原由彦、結城永次郎、三上修三(三通)浅野秀雄、栗原源太郎、藤原晴雄、宮川孝吉、中江茂、神野甚市、鳥山正雄、大阪トヨペツト株式会社泉大津営業所業務課

一、次の者の作成した回答書

株式会社和田商店(和田祐吉)、丸一セーター株式会社(一通)、丸勝商店(勝井好江)、都衣料、梅田衣料(前山初子、二通)、株式会社都繊維(二通)、セリリン株式会社大阪支店、内外編物株式会社(二通)、株式会社まるほ商店(堀哲、二通)、株式会社タカヤマ(呉城景学、二通)、内外衣料製品株式会社(二通)、丸太屋株式会社(藤本ヒデ、二通)、日商岩井株式会社、大西清厳、ニチメン衣料株式会社、東洋紡績株式会社事業部、アンコール株式会社、泉洲メリヤス協同組合(淡野定善)、新居紙器株式会社(新居壮介)、浅井英雄、イズミ釦商会、太陽商会(山元敏明)、有限会社城村商店(秋村敏夫)、山崎石油株式会社、高寺運送店(高寺利一)、株式会社久保中都衣料(久保中敏子)

一、大蔵事務官作成の現金預金有価証券等現在高検査てん末書(五通)

一、次の国税査察官作成の各調査報告書

笹谷昇、末沢正純外一名(二通)、伊藤洋一郎(昭和四八年五月九日付、同一〇日付、同三〇日付-二通、外注工賃関係、機械等規末残高関係)、上田吉彦(八通)、平田輝男(昭和四八年二月一四日付、同一七日付)、末沢正純、平田輝男外三名

右のほか、

判示第一の事実につき、

一、泉大津税務署長認証の被告人の昭和四五年分所得税確定申告書写

一、辻本利一作成の供述書

一、次の国税査察官作成の各調査報告書

伊藤洋一郎(昭和四八年五月三〇日付-出資金関係)

平田輝男(同三一日付)

判示第二の事実につき

一、泉大津税務署長認証の被告人の昭和四六年分所得税確定申告書写

一、次の者の作成した各供述書

辻久雄、南和光、後迫善吉

(法令の適用)

1. 構成要件 判示第一、第二とも所得税法第二三八条第一項

2. 刑種決定 判示第一、第二とも、懲役刑と罰金刑を併料、所得税法第二三八条第二項適用

3. 併合罪処理 刑法第四五条前段、第四七条本文、第一〇条、第四八条第二項(懲役刑は判示第二に加重、罰金額合算)

4. 執行猶予 刑法第二五条第一項(懲役刑につき)

5. 労役場留置 刑法第一八条

6. 訴訟費用負担 刑事訴訟法第一八一条第一項本文

(所得の帰属について)

被告人、弁護人は、本件事業は被告人のみのものではなく、被告人とその弟田中義一、田中茂との共同経営であつて、その収益も共同利得というべく、被告人はうち五〇パーセントの分配を受けるにとどまつていたのであるからぽこれを全て被告人の所得とする検察官の取扱いは失当である旨主張している。

そこで前掲各関係証拠を検討してみると、次の事実が認められ、又はうかがわれる。すなわち、(1)被告人(昭和四年生)は、昭和二一年頃堺農学校を卒業し、同二三、四年頃からメリヤスの製造販売、さらに婦人物セーターの製造販売を行うようになつたものであること、右事業は、当初被告人が家業である農業を手伝うかたわら、パートタイムの雇入を使用したり、両親、実妹らの協力をえて比較的小規模に行つていたもので、同二九年被告人が寺田百合子(同七年生)と結婚したのちは同女もこれを手伝い、被告人の弟義一(同一六年生)同茂(同一八年生)も在学中から手伝つていたころ、同三七年頃義一が高校を卒業したのちは、被告人と協力してこれに専念従事し、同三九年頃茂も学業終了後同様これに参加するようになつて、外注、外販、従業員の雇傭など次第に事業が拡張、充実するようになつたこと、同四一年頃義一が、同四四年頃茂が、それぞれ結婚したのちは、その妻らも適宜これを手伝つていたこと、(2)本件昭和四五、同四六年当時の「田中商店」の運営については、被告人が対外的にこれを代表し、責任者となつていたうえ、取引上の現金、預金の管理者、仕入、販売、労務等重要事項の最終的決定権者でもあつたが、他方、義一も外注、販売関係などの、茂も仕入、織り立て関係などの、責任者として事業に専念し、重要事項の決定にも適宜参画していたこと、(3)昭和四七年八月、被告人らは「田中商店」を発展させて田中定株式会社を設立し、被告人が代表取締役、義一が専務取締役、茂が取締役、百合子が監査役にそれぞれ就任したが、その出資の割合は、被告人、百合子夫妻が約五〇パーセント、義一、和子夫妻、茂夫妻がそれぞれ約二五パーセントであつたこと、(4)本件事業の収益は当初から被告人が(ほぼ専断的に)本名、仮名の預金等として蓄積して、自ら管理し(被告人自身はこれを費消することができる立場にあつたが、自制してほとんどこれをなさず、義一らは事実上費消できない立場にあつた。)本件当時まで、義一、茂らからその管理につき特別の意見が述べられたり、その分配につき明確な話し合いがなされたことはないこと(昭和四三年父俊蔵死亡ののち義一から利益分配の申し出があつた旨の被告人の当公判廷における供述は、証人田中義一らの当公判廷における供述に照らしても全面的には措信できない。)(5)被告人、義一、茂は元来、ともにその父母らと同居し、一緒に生活していたもので、被告人の結婚後もその生活経費は、父を中心とする農業の収益および本件事業の収益から、包括的に支出されており、その任には主として被告人の妻百合子があたつていて、被告人、義一、茂はいずれも小遣いていどを費消していたにとどまつていたところ、義一、茂とも順次結婚し、独立した家庭を有するに従つて、従業員給料という形式で生活費等の支給を受けるようになつたこと、本件当時のそれは義一が月一〇万円ないし一三万円位、茂が月七万円ないし一〇万円位(他に賞与が年間義一につき三〇〇万円位、茂につき一五〇万円位)であり、被告人、その妻子の生活費等も月一〇万円ないし一五万円位であつたこと、被告人はその収益の中から、昭和四二、三年頃義一一家の居宅等の費用の一部として約五〇〇万円を、同四四年頃の茂の結婚に際し、その費用約二〇万円を支出していること、(6)被告人は本件事業を自己の単独事業として所得税の申告手続をとつていたもので、本件当時は妻百合子のほか義一、茂、義一の妻和子らを事業専従者として義一夫妻の子供洋子らをも扶養控除対象者として、申告していること、他方、義一らは本件事業につき事業所得の申告をしていなかつたこと、(7)昭和四七年夏頃、義一は妻和子とともに「丸義商店」の名称でセーターの製造販売業を始めたが、同四八年初め頃これをやめたこと、以上の各事実が認められ、又はうかがえるのである。

これらの事実を総合すると、検察官がその論告において主張するように、本件当時における「田中商店」を被告人一人の単独事業であるとし、義一、茂は、その従業員にすぎなかつたと断定することには若干の疑問がない訳ではない。少くとも、その社会的実態としては、「田中商店」は(開業の当初は別としても)本件当時において、被告人を家父長とする一族の家業であり、とくに、被告人、義一、茂三名の間には被告人が中心であるとはいえ、三兄弟の力が結集された共同の事業であるとの意識があり、それ故、将来相互にその利益の分配を要求、主張できるものとの期待が存在して、これを了解しあえる状態であつたと解するのが相当である。しかしながら、その実態は、右の限度にとどまるのであつて、被告人、義一、茂の関係が、民法上の典型的な組合のように、各自それぞれ独立してその権利義務を主張できるものでも、その運営につき規約を有し、各自がこれに従つて行動するものでもなかつたし、その事業の収益は、前記のとおり被告人が管理し、これをその都度義一らと配分したものでないことはもちろん、配分の割合、時期につき明確なとりきめがなされた訳でもなかつたのである。従つて、このような実情に照らせば(そこに共同経営的な面があることはいなめないとしても)、本件事案の税法上の措置としては、その主宰者であり、その名をもつて行つている事業の収益に対する課税を被告人一人に行うことが正当であつて、それが実質課税の原則に反することでないことも明らかと思われる。

結局、事業の収益が義一らにも配分帰属されており、同人らもそれぞれ独立した事業所得者であるから、被告人の犯得所得は「田中商店」のそれの五〇パーセントにすぎないとの弁護人らの主張は採用できない。

(量刑事由)

本件各犯行の動機、態様、結果(とくにそのほ脱税額-合計一億七六〇六万三二〇〇円、ほ脱税率-平均約九九・四八パーセント)、本件経営の態様、犯行後の事情、被告人の経歴、家庭事情その他を考慮した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀内信明)

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